見学する学生らの写真
あまり知らない施設に行こう(4) アクアパーク別府水処理センター
こんにちは、朝日大学経営学部畦地ゼミの吉田と佐藤です。今回は、畦地ゼミ全員で取材に行ってきた「アクアパーク別府水処理センター」について記事を書きたいと思います。
 最初に下水処理場と聞くと何を思い浮かべますか?私は汚水が流れてきて、それを綺麗にするだけだと思っていました。しかし、実際にはその他にも色々なことをやっていて驚きました。下水処理は薬品を使っているイメージがありましたが、主に微生物を使って水を綺麗にしているとのことで、環境にも配慮している点があり非常に感心しました。最終的に分解された汚物が溜まった泥は最後の工程で乾燥させ、それを肥料として造っているというものです。汚水を綺麗な水にするという工程の中で新しい物が生まれるというのは素晴らしいことだと思いました。
 正直、下水には全く関心がなく、予備知識のないところで見学・取材を行いました。なんとなく汚い・臭いというイメージがあったのですが、実際にはそんなことはありませんでした。多くのところは配管が密閉されており、わざわざふたを開けて見せていただいた処理する前の汚水も、臭いというよりは、どちらかというと洗剤の匂いを強く感じるものでした。最後の汚泥乾燥の機械のところだけは匂いがしましたが、それも汚物というよりは焦げ臭い方が先に来るものでした。
 センターの方たちは、大変親切に解説していただき、様々なものを見学させてくださいました。途中で何回かクイズを出して興味が絶えないようにしてくださいましたが、畦地先生が何問も間違えていたのが印象的でした。上にも書きましたが、汚水を分解する微生物を顕微鏡で見たり、ティッシュペーパーなど水に溶けないものを除去する装置を見られたのが印象的でした。何でもトイレに流す人がいるそうなので、気をつけなければならないと思いました。
 瑞穂市下水道課では、施設見学を喜んで受け入れているということです。詳しくは瑞穂市ホームページ(http://www.city.mizuho.lg.jp/3563.htm)をご覧ください。「施設見学依頼書」を提出して日程調整をすれば(今回は白木くんがやってくれました)、誰でも見学可能とのことです。瑞穂市内の小学校の見学が多いらしいのですが、地元の安江くんは初めて来たと言っていました。そういう意味で「開放されているのに、あまり知られていない施設」という、この連載のテーマに合った場所だったのではないかと思います。これからも瑞穂市の施設を見学していき、良い記事を届けられるように頑張っていきます。
令和元年12月11日更新
(朝日大学経営学部2年・吉田晏生・佐藤譲士郎)
撮影場所:アクアパーク別府水処理センター
撮影日:11月
弓道場での練習風景の写真
あまり知らない施設に行こう(3)朝日大学弓道部
 朝日大学経営学部2年生の坂井田昂暉です。今回、私の取材担当は生津天王町にある「瑞穂市弓道場」でした。“瑞穂市弓道連盟”のWebサイトに見学自由と書かれていたので、練習日に伺ってお話しをお聞かせいただけたらと思ったのですが…訪れた日曜昼過ぎにはどなたもいらっしゃいませんでした。アポを取ることの重要性を再認識しました。機会があれば改めて取材に行きたいと思います。
 今回はその代わりに、私自身が所属する朝日大学の弓道部を紹介します。朝日大学弓道部は3年生6名、2年生6名、1年8名の計20名で月、火、金曜日の17時〜19時で活動しています。大会なども多数あるので上位の成績を残せるよう日々努力しています。弓道部は他の部活動に比べて、学内や瑞穂市内でもあまり知られていないので、もっとたくさんの人に知ってもらえれば良いなと思っています。
 我々が練習しているのは、朝日大学の敷地内にある弓道場です。近的(きんてき)6人立の本格的な弓道場で看敵場、的場、射場、弓道庫など道場施設が揃っており、とても良い環境です。ここで大会などが開催される時もあるので、他大学の方がいつ来られても満足して利用していただくために、練習後は清掃し、常にキレイな状態を保とうと部員全員が意識しています。周囲が緑に囲まれているので大学の敷地外からだと見えにくいかもしれませんが、日々弓道に励んでいます。
 弓道に限らず、武道は礼に始まり礼に終わると言われています。弓道を通して技術だけでなく、精神面も学ぶことができ、日常生活にも活かすことができます。部活内容は個人の練習、3人1立での形式など実際の試合を意識することで、試合で緊張することなく、練習通りの成績が残せるように努力しています。
 部員は大学から始めた初心者がほとんどです。高校からやっている有段者の部員に教えてもらうなど一人一人が技術を磨いています。段位試験を受けることもできるので自分の目標段位のため部活に励んでいる部員も多いです。部活日数は週3日ですが、大会や段位試験が近づくと毎日夜遅くまで自主練習をしている部員もいて、帰りの時間は最後のバスが来る直前まで練習している部員も少なくないです。
 弓道はまだまだメジャーなスポーツだとはいえないので、少しでも知っていただき興味も持っていただけたらなと思います。瑞穂市の弓道場と合わせて、朝日大学弓道部についても、よろしくお願いいたします。
令和元年12月4日更新
(朝日大学経営学部2年・坂井田昂暉)
撮影場所:朝日大学弓道場
撮影日:11月下旬
内藤十左衛門顕彰碑の前でたたずむかきりんの写真
日本かきりんの旅(2) 治水神社(内藤十左衛門顕彰碑)
 かきりんは背中で何を語るのか…。
 瑞穂市出身の直木賞作家・豊田穣の作品「恩讐の川面」の主人公・内藤十左衛門については、以前の連載で取り上げたことがあります(http://www.city.mizuho.lg.jp/dd.aspx?itemid=10418)。宝暦治水では関わった多くの薩摩藩士が自刃しましたが、幕府側の人間にもかかわらず切腹した2名の内1人が、内藤十左衛門です。「恩讐の川面」では、その経緯・心情が豊田らしい淡々とした筆致で描かれています。そこに現れた小さな世界での醜い争いと心ある人の矜恃は、もしかすると著者の捕虜経験に関係するのかもしれません。豊田穣についても、瑞穂市を代表する文学者として、もう少し詳しく掘り下げて本連載で取り上げたいと思います。
 閑話休題。いわゆる薩摩義士を祀る治水神社に、内藤十左衛門顕彰碑があります。場所は海津市の国営木曽三川公園センター内。背景には紅葉と「水と緑の館・展望タワー」が写り込みました。拝殿から見ると裏手に当たり、ひっそりとたたずむ顕彰碑ですが、その大きさは建立に関わった旧・巣南町の方々の志を示しているように感じられます。
 残念ながら近年、むしろ工事以降は(現・瑞穂市地域を含む)上流部での洪水が増加し、輪中の積み増し競争が激化したとされている宝暦治水ですが、そこに関わり命を落とした方々への慰霊と感謝に変わりがあってはならないでしょう。たまたま平成30年4月25日に治水神社を訪れたことがあり、春の慰霊祭が執り行われていたのですが、鹿児島県からの参加者も多数お見えになっていました(例大祭は毎年4月25日と10月25日)。悲惨な歴史をきっかけに生まれた両県の絆を大切にしていきたいものです。もしかすると瑞穂市も、鹿児島県内自治体と姉妹都市となっても良いのかもしれません。そうこの際、畦地姓発祥の地「南大隅町」などはいかがでしょうか?
 内藤十左衛門が、どのような働きをし、そして死んでいったのか。「巣南町史」で追うのも良いのですが、できればぜひ「恩讐の川面」をお読みください。瑞穂市図書館では、2階の郷土資料コーナー「豊田穣コーナー」にまとめられおり、貸し出しも可能です。瑞穂市民にとっては馴染み深い地名や人名(初頭でいきなり川崎平右衛門が…史実では、このとき着任していないらしい)が目白押しで、そういった意味でも楽しめる作品になっていると思います。
(朝日大学大学院経営学研究科教授・畦地真太郎)
撮影場所:木曽三川公園センター
汽車まつりの写真
第64回みずほ汽車まつり
(連載の途中ですが,今回は2019年8月17・18日に開催された「みずほ汽車まつり」についての話題を,安江・大塚2名による原稿を畦地が編集する形でお送りいたします)
 みずほ汽車まつり(以下,汽車まつり)は今年で64回を迎え、瑞穂市の代表的なお祭りです。今年は某花火大会が延期で日にちが被ってしまっていたため、参加者が少ないんだろうなと思いながら、安江と大塚の2名で土曜日の7時半頃に参加しました。ところが、予想よりもかなり多くの人が参加しており驚きました。安江は小学校の頃から汽車まつりに行っていましたが、当時に比べても、かなり賑わっていたと思います。これは、瑞穂市の人口が増えているせいなのかもしれません。ステージ上のイベントは若さが溢れていました。参加者も小中学生だけでなく、私たちと同じくらいの年代の方達の姿も多く、市民から愛されてる祭りだなと感じました。
 そんな汽車まつりですが、果たしていつ頃から始まったのか、単純に64年前からなのか、ということが気になったため、主に安江が中心となって調べてみました。
 汽車まつりの始まりは第二次世界大戦後、1956年とのことです。やはり64年の歴史があるようです。戦争ため若者は兵隊に取られ、敗戦後に故郷へ帰っても何の喜びもありませんでした。そこで、帰郷したこの人たちが中心となって「青年団として活動する」ことになり、「穂積で、皆の憩いとなる行事を計画しよう」と取り組んだのが汽車まつりの元祖となる祭りです。当時の祭りは、のど自慢や演劇(素人芝居)が中心でした。
 しかし、若者が町外へ働きに出るようになり、青少年活動も弱体化してしまいました。そんな時、「鉄友会(穂積駅を利用して、国鉄に勤務していた人達で作った組織)」の人達が、貨物ホーム付近で映画を上映したことや、小学生の写生や習字の展示をしました。さらに、この年が丁度「穂積駅開駅60周年の年」だったこともあり、鉄友会が「穂積町としても協力してほしい」と頼んだところ、当時の町長から快諾され穂積町の行事として取り組むことになりました。具体的には、「駅北の汽車みこし(現在はSLの模型機関車になった)」、「駅前のお化け屋敷」、「本田小学校の生け花や書道展」などです。この行事でも多くの町民が参加することが明らかとなり、この年以降は商工会が主催するようになりました。こうしたことがあり、汽車まつりは穂積町全体の祭りとなりました。
 今回汽車まつりの起源について調べてみましたが、第2時世界大戦の時期に登場していたこと、町ではなく、鉄友会という組織が汽車まつりの元祖となる行事を行なっていたことなど、今まで知らなかったことが沢山ありました。大塚は市外から大学に通っているのですが,また来年もぜひ参加したいと思っています。
(朝日大学経営学部2年・安江真里・大塚悠矢)
撮影場所:穂積庁舎前
防災コミセン前の安江さんの写真
あまり知らない施設に行こう(2) 知ってる?公民館とコミュニティセンター
 朝日大学経営学部2年の安江真里です。私は今回「どうして瑞穂市に市民センターが複数あるのか?」という疑問を持ちました。穂積庁舎の隣には、市民センターと総合センターがあります。さらに、巣南庁舎の隣には巣南公民館があります。総合センターはホールが主な施設なのかとも思いますが、市民センターと巣南公民館は似た感じの施設に見えます。さらに、似ている施設として3ヶ所のコミュニティセンター(本田、牛牧南部、牛牧北部防災)があります。また市内には、いわゆる「町内会の集会所」のような公民館が多数あります。それぞれどのような目的のものなのでしょうか?
 まず「コミュニティセンターと公民館の違い」についてです。コミュニティセンターとは、「コミュニティの仲間がグループ活動、社会的支援、広報及びその他の目的で集まる公共の場所・施設」(Wikipediaによる)です。具体的な活用方法としては、地元クラブやボランティアを行う場所、地元の歴史を再考する場所、地元の非政府活動が組織されている場所などがあります。
 一方、公民館は「社会教育法」に基づいており、「市区町村に住む人々の教養と文化を高めるために作られた集会所」です。公民館の事業として、定期講座の開設、討論会・講習会・講演会等の開催、体育・レクリエーション等に関する集会の開催などがあります。
 つまり、コミュニティセンターはコミュニティの仲間で活動する場所であり、公民館は、住民のために教育や学術、文化といった事業を行う教育機関であるという違いがあります。集会場だと思っていた公民館は教育施設で、大きな施設のコミュニティセンターが地域活動のためのものだというのは、少し意外でした。実感としては、なんだか逆のようにも思われます。
 さて「瑞穂市には市民センターが複数あるわけ」についてです。瑞穂市は16年前(平成15年/2003年)まで「穂積町」と「巣南町」でした。それまでは、それぞれの町にセンターがあったため、合併後に市民センター的なものが2つできました。総合センターは平成6年(1994年)に市民ホールと生涯学習や福祉のための施設として、穂積町により建てられたそうです(総合政策課注・平成5年完成、平成6年運用開始)。1000人も入り音響効果も抜群のホールは、周辺市町村は持っておらず、すごくうらやましがられたとのことです。2002年からは「みずほ演劇祭」(最初は「ほづみ演劇祭」)も開催されており、伝統ある行事となっています。
 今回は市の公共施設について調べました。瑞穂っ子の私にとっては、公民館は町内会の集会所を指しているものだと思っていましたが、一般的な公民館の定義とは違うことを初めて知りました。行く機会はあまりありませんが、コミュニティセンターや市民センターでは様々な人たちが自主学習講座や、地域の話し合いをしているそうです。どんな活動をしているのかを見に行くのも良いと思いました。
(担当教員:畦地より)市内3つのコミュニティセンターは、子供たち(特に未就学児)の遊び場として活用されています。特に牛牧北部防災コミュニティセンターは、雨の日に子供が走り回れるスペースがありますので、我が家も大変お世話になっております。
令和元年10月23日更新
(朝日大学経営学部2年・安江真里)
撮影場所:牛牧北部防災コミュニティーセンター
撮影日:令和元年10月下旬