みずほバス前のかきりん
かきりんバスの旅(1) みずほバスで市内の見どころは廻れるか?
この写真ニュースが掲載されているサイト「ちょっと気になるまち岐阜みずほ」は移住定住促進サイトとして位置づけられており、市内の“見どころ”各地が掲載されています(つい先ほど気づいたのですが、今年の満開の桜が写った市内のさくらマップが更新されている!)。また、瑞穂市政10周年記念に合わせて、元本学法学部に在籍されていたN先生がゼミ生を中心にまとめられた「かきりんマップ」は、現在の2018年度版「みずほ散策路」にも負けない、足で稼いだ内容となっています(「みずほ散策路」の方が、どちらかというとアカデミックな内容が詰まっており字が細かい)。我がゼミの活動など、全てN先生の引いてくださった線路の上に乗っかっているのですが…閑話休題。両市内ガイドマップには、かきりんバス(正確には、かきりんのラッピングがされた“みずほバス”)の路線図が掲載されているのですが…本当にバスを使って各見どころを廻ることはできるのでしょうか?
 というのは周知の通り、みずほバスは「1日5度…環状線なので向かい側のバス停も含めれば10度来る!」という、オラこんな町イヤだとなるほどではいのですが、あまり利便性が高いとは言えません。業務の都合で、20時前後に市役所前で見かけることが多いのですが、小林一三の「最も有望なる電車」を思い起こさせる状態です。皮肉の言い訳をしておくと、朝の通勤時間帯にはラッシュとなっている路線と便が存在しているとのことで、本来なら実際に阪急電車並みに有望な交通機関となり得るのではないかと思います。一方で、通勤・通学対応で便数を増やすとバスの台数を増やさざるを得ず、維持費の問題を考えると、相当慎重に路線計画を行わなければならないというのも理解できるところです。
 再び閑話休題。そのような都市交通計画全体の問題とは別個に、我がゼミ2年生には前学期のレポート課題として(7月末締切)、「みずほバスで市内の見どころは廻れるか?」という無茶ぶりを、またしても行いました。どこをどう廻ってもらったかは連載の各回をお楽しみいただくこととして、それぞれがかなりの苦労をしてきたようです。今回の取材は教員引率ではなく、各自が自分の休日や放課後を削って行ってきた結果となります。はてさてどうなることやら、来週以降をご期待ください。
令和元年8月21日更新
(朝日大学大学院経営学研究科教授・畦地真太郎)
※総合政策課からの注釈
写真でかきりんを抱えているのは、岐阜聖徳学園大学の学生さんで、この日総合政策課で職業体験をしていました。
撮影場所:穂積駅南
撮影日:令和元年8月19日
川崎平右衛門像前でポーズをとるかきりんの写真
日本かきりんの旅(1) 府中市の旅
 東京出張の合間を縫って、念願の府中市に行って参りました。
 本欄の愛読者の皆様には周知のことと思われますが、府中市は川崎平右衛門の故郷です。元々は武蔵野の灌漑・開拓を行い、大岡越前に認められたことから幕臣となりました。そのことから、美濃(現在の瑞穂市本田)に代官として派遣され治水に従事し、さらにその後には石見銀山の奉行にもなりました。武蔵野では水の少ない台地に用水路を引き、瑞穂市では悪水対策を行い、さらに銀山の生産性向上に努める。あまりにもマルチな才能ですが、当時初来日して“怪獣”と言われた象の糞から薬を作って売るなどという、ハチャメチャなこともやっています。
 さて、府中市には「郷土の森公園」という、かなり広い文化・運動公園があり、平右衛門像はその一角に立っています。なぜか根尾から贈られた薄墨桜が立っていたり、「御瓜田(ごかでん)」と称する将軍献上の真桑瓜(当然、種は真桑から持ってきた)の畑があったりします。地域が多摩川のほとりにあることから、将軍家には鮎も献上されていたとのことです。当然、地域性は異なるのですが、似通った部分も多いようですね。取材は7月上旬でしたが、園内には紫陽花が咲き乱れており、これも瑞穂市との縁を感じさせられました。
さて、現地での川崎平右衛門の有名性ですが…。園内の博物館には肖像画と簡単な解説文だけで、取り立てて大きく取り上げられているということではありませんでした。残念。一方ミュージアムショップでは、関連資料集が1冊と、マンガが1冊販売されています。マンガの方は、実はAmazon Kindleで販売されているのですが(「川崎平右衛門『心一盃』 https://www。amazon。co。jp/dp/B0722TWGMS/ 」、武蔵野での事跡が主で、美濃の話は1コマしか述べられていません。
 ただし、これは逆にチャンスです。川崎平右衛門の瑞穂市地域での業績を書籍(マンガ?)にすれば、また違った切り口から彼を顕彰することができるでしょう。さらに府中市での研究活動と連携していけば…と、つながりを大きくしていくこともできると思います。こうなってくると、世界遺産・石見銀山の方も気になってきますが…。島根方面に出張のある時には、ぜひとも足を伸ばしてみたいと思います。
(朝日大学大学院経営学研究科教授・畦地真太郎)
令和元年8月7日更新
一の町橋りょう前で記念撮影する写真
千里の道もマンポから(8) マンポの旅の第一歩
 令和元年度連載企画第1弾「千里の道もマンポから」、いかがだったでしょうか?畦地ゼミ2年生は若干のお休みをいただいて、また8月中旬から新企画を走らせる予定です。
 この連載では、学生6名一人ひとりの個性が表れていたと思います。文献調査結果も含める者、丹念に構造を記述する者、マンポを取り巻く環境に気づく者、根っからの瑞穂っ子。これらは、教員1人の目では知ることのできない、新鮮な気づきとなりました。
 また、ゼミに入りたての新2年生ということで、学問や研究に対して戸惑う部分もあったようですが、現在進行中の次連載(みずほバス)については自主的に調査計画を立てて動くという、飛躍的な進歩を遂げました。後学期に向けて行っているインタビュー用の“傾聴訓練”も含めて、学生たちの成長ぶりにはただただ目を見張るばかりです。
 本連載の裏テーマは「マンポに分かりやすいニックネームをつける」ことでした。ねじりマンポは簡単に分かるのですが、「ほら、五六川のところの両側が水路になっているマンポ!」などと“宮東橋りょう”という正式名は、なかなか覚えにくいところがありました。この連載では、学生が選んだマンポに対して勝手にネーミングライツを与え、ふさわしいニックネームを付けてもらいました。この連載によって「橋のマンポ」でどこを指しているか分かるようになれば、ゼミの野望も達成できるというものです。
(ちなみに、今回の写真は1つだけ紹介が漏れた一の町橋りょう、通称“格子のマンポ”です。他のマンポと異なり、水路上に全面的に鉄網状のドレーチングが乗っており、学生には涼しくて好評でした)
 さて、連載再開までは単発連作企画「かきりん旅をする」の第1弾、府中市編をお送りいたします。どうして、かきりんが武蔵野に…?お楽しみいただければ幸いです。
(朝日大学大学院経営学研究科教授・畦地真太郎)
マンポの位置については瑞穂市公式サイト「瑞穂市内のマンポ」(https://www.city.mizuho.lg.jp/9237.htm)をご覧ください。今回紹介のマンポは「一の町橋りょう」です。
令和元年7月31日更新
撮影場所:一の町橋りょう
雁ヶ坪橋りょう前で記念撮影する畦地研究室の学生たちの写真
千里の道もマンポから(7) ダンスのマンポ(雁ヶ坪橋りょう)
 朝日大学経営学部2年畦地ゼミ所属の佐藤譲士郎です。今回、私が担当したのは雁ヶ坪橋りょうです。このマンポは、瑞穂市のPR動画に使われたマンポである事で知られています(https://www.youtube.com/watch?v=JiNQkFKjGWY)。瑞穂市出身のダンサーKARINさん(あるゼミ生が中学校の同級生だったそうです)たちが踊りまくっているマンポ。そのため「ダンスのマンポ」と名前を付けてみました。
 他のゼミ生が担当したマンポのような目立った点はないのですが、それが特徴だと思いました。なぜこの場所でダンスの映像が撮られたのかを考えると、1つには水路が完全にコンクリートの下にあり、足場がしっかりしていることです。他のマンポは橋がかかっていたり、脇に水路が流れていて狭くなったり、全面に金網みたいなものが貼ってあったりするのに比べて踊りやすかったのではないかと思います。マンポ内で足踏みをすると、足下で反響音が聞こえるので、水路自体は確かに流れています。
 2つめの特徴は、このマンポは目立った場所に無くて見つけるのが大変で、人通りが少ないことだと私は思いました。実は案内してくれた先生も少し迷ってしまい、先に走って行って場所を確認していました。こういう地元の人の裏道は貴重な存在だと思いました。
 私は県外からきたのでマンポという存在を知らなかったのですが、今回瑞穂市にあるマンポをいくつも調査できたのはとても良い経験になりました。また、いつもは自転車部で市内の練習コースはたくさん走るのですが、それ以外にはほとんど寮と大学、スーパーぐらいしか行かない生活をしています。いつも行かない瑞穂市内を知ることができて良かったと思います。これからも県外にいた人間にしか気づけない魅力を沢山見つけて今後も発信していけたらなと思います!
(朝日大学経営学部2年・佐藤譲士郎)
総合政策課の注釈
マンポの位置については瑞穂市公式サイト「瑞穂市内のマンポ」(https://www.city.mizuho.lg.jp/9237.htm)をご覧ください。今回佐藤さんが紹介したマンポは「雁ヶ坪橋りょう」です。
令和元年7月17日更新
撮影場所:雁ヶ坪橋りょう(牛牧地内)
猛暑を歩く学生らとマンポ前でポーズをとる吉田さんの写真
千里の道もマンポから(6) 水路のマンポ(三の町橋りょう)
 朝日大学経営学部2年、畦地ゼミ所属の吉田晏生です。自転車競技部に所属しており、県外から朝日大学に進学しました。なので最初に「マンポ」と聞いた時は、岐阜の食べ物か何かと思いました。話を聞くと、どうやらトンネルのことを「マンポ」と言うそうです。ゼミで瑞穂市の全てのマンポを調査することになり、「三の町橋りょう」を担当しました。
 調査当日は写真からも分かるとおり猛暑日で、とても歩くことが大変でした。そんな中、穂積駅から西に10分ほど行ったところにある「三の町橋りょう」に向かいました。スーパーなどの商業施設が集まった近所にあります。
 このマンポの特徴は道半分が水路になっている点です。マンポの写真は、去年の先輩の連載(http://www.city.mizuho.lg.jp/dd.aspx?itemid=9772)をご覧ください。先輩の写真にもあるように、マンポの大きさに比べて実際に通れる道はとても狭く、軽自動車がギリギリ通れるかどうかという感じです。
 ところで、この水路にはザリガニなどの生物がいました。ザリガニを見るのは久しぶりのことで、なぜか新鮮な気持ちになりました。ザリガニもこの猛暑にやられてマンポ内の日陰の水路に来たのでしょう。
 全てのマンポの調査をする中で分かったことは、マンポにはそれぞれ違いがあり特徴があるという点です。大きなマンポや小さなマンポ、ねじりマンポと言われているマンポもあります。その中でも水路のマンポは、水の動物たちが見られる貴重なマンポと言えるのではないでしょうか。
 瑞穂市内には、水路だけで立ち入りが難しいマンポがあるとも聞きました。まだ見ぬマンポを求めてこれからも調査を続けていきたいと思いました。
(朝日大学経営学部2年・吉田晏生)
総合政策課の注釈
マンポの位置については瑞穂市公式サイト「瑞穂市内のマンポ」(https://www.city.mizuho.lg.jp/9237.htm)をご覧ください。今回吉田さんが紹介したマンポは「三の町橋りょう」です。
令和元年7月10日更新
撮影場所:三の町橋りょう(別府地内)