別府観音堂にお参りするようすの写真
ちょっと気になる瑞穂だね(8) 別府観音堂「星供養・節分祭」
 我が家の5歳児が「福は外!鬼は内!」と騒いでうるさいので、本格的な節分行事を体験させるため、別府観音堂にお邪魔しました(取材日2019年2月3日)。ちなみに5歳児の主な興味は別府観音様ではなく、振る舞われたお汁粉に入れるお餅を焼いている炭火でした。
 このコーナーでも度々取り上げてきた別府観音ですが、最近、堂守をされているMさんからまとまったお話を伺う機会がありました。私は「谷汲山華厳寺の秘仏・十一面観音像」と双子の仏様だと思っていたのですが、実際は時代がかなり異なるのだそうです。ただ、谷汲山華厳寺を勧請した会津の「大口大領」により勧請された点では同じということで、「兄弟仏」とは呼んでも良いのではないかということでした。いただいたデータには、仏様の背丈、在室、彫像年代の違いなどが詳しく記載されていました。
 大口大領は1人の人名ではなく、豪族の名前(おそらく代々当主が名乗った名前)のようです。現在の福岡県会津美里町に居を構え、町内の「富岡観音」には同じように大口大領により勧請されたとされる十一面観音像がおわしますようです。
 では、大口大領とは一体どのような豪族だったのでしょうか?谷汲山門前に子孫の方が住んでいらっしゃるので取材をするのが一番でしょうが、少なくともネット上には有効な情報が流れていません。会津美里町側でも「谷汲山華厳寺にゆかりの…」という記載しかなく、不十分です。実際に当地を訪れ、町図書館に籠もって勉強するしかないかな、と考えていますので、成果が挙がりましたら、また来年度の本欄でご報告したいと思います。
 ところで、別府観音像にはお顔が何面あるかご存じですか?「十一面観音なのだから11面に決まっている!」と私も思っていたのですが、実は13面あるのだそうです。華厳寺の秘仏とは異なり、別府観音は毎月1日と縁日(18日)、星供養・節分祭(2月3日)、千日詣(8月10日)、年越し法要(12月31日)と、多くのご開帳の機会があります。どう13面なのか不思議に思われた方は、これを機縁に是非お顔を拝見しにいってみてください。
(朝日大学大学院経営学研究科教授 畦地真太郎)
平成31年2月13日更新
撮影場所:別府観音堂
撮影日:平成31年2月3日
清流みどりの丘公園で記念撮影するかきりんの写真
ちょっと気になる瑞穂だね(7)清流みどりの丘公園
 朝日大学に着任して以来15年、ちょっと気になり続けている場所があった。
 ところは犀川と五六川の合流地点付近。こんもりと茂る雑木林の中に古屋が一つ。着任時は郵便受けもあり、住まわれている気配があったのだが、ここ数年は空き家になっていたようだ。
 この雑木林は小高い位置にあることもあり、授業をしている教室からも眺めることができた。遠望し、また近くを通るにつけ、いつもこう思っていた。
平成31年2月6日更新
「我が美濃支配の野望は、この地を手に入れることより始まる!」
というように、どう見ても築城に最適な地勢を持つ場所が、市民の憩いの公園となりました。2018年3月に完成したばかりの「清流みどりの丘公園」です(みずほバス「牛牧穂積線」清流みどりの丘公園停留所前)。2017年の夏頃だったのでしょうか?ある日ふと教室から眺めて「あっ!あそこ(雑木林)がなくなってる!」と驚きました。何が起こったのかボヤボヤしているうちに、いつの間にか公園として生まれ変わっていたという次第です。我が野望はくじかれてしまいましたが、かきりんは気持ちよさそうに仁王立ちしています。
 この公園は、どちらかというと遊具中心ではなく「公共の広場」としての性格を持ちます。周囲の木々は剪定されたばかりで少々寒々しい感じでしたが、芝生や“あずまや”の整備具合から、子供たちは駆け回り、大人はくつろげるスポットとして活用できそうです。
 さらにこの公園は別の一面を持ちます。かきりんの背後は急坂(堤防を降りる形)になっているのですが、その下の広い駐車場の一角には旧犀川排水場で使われていたポンプが展示されています。近くには牛牧閘門もあることから、この場所が地域の治水の要であることが伺い知れます。
 シロウト目には、犀川遊水池などを含めた治水事業は完成したように見えるのですが、実はまだまだ整備は進行し続けているのだそうです。近年では1976年の9.12水害以降は、市内全域が水没するような大水害は来ていませんが、それは地域の安全を守る不断の努力が支えていることを忘れてはいけませんね。
 この公園の直下では、これから五六川(および起証田川)が犀川に流れ込むのを調整するための「牛牧排水機場」などの整備が行われるということです。川崎平右衛門が着手して以来の連綿たる大工事ですが、それによって現在堤外にあるヤチダモなどの群生地は消えてしまうのではないでしょうか。
街の様子は移りゆくのが当然で「今のままであれ」と言う気は毛頭ありません。ただ、変わってしまうことが分かっているからこそ、今どのようにあるのかを、心に焼き付けながら歩いて行くのが大切なのだと思います。
(朝日大学大学院経営学研究科教授 畦地真太郎)
撮影場所:清流みどりの丘公園
青空と別府細工の下に佇むかきりんの写真
ちょっと気になる瑞穂だね(6)赤レンガの道と別府細工
 自分の地域の身近な物事ほど分からないことが多いというのが、このコーナーで繰り返し述べてきたことです。その言葉が自分に襲いかかってきました。写真は朝日大学東側の通称「赤レンガの道」です。丁度かきりんの背中側に私が通勤バイクを停めている駐車スペースがあり、毎日なにも考えずに通っている場所です。
 さて、この道は農業用水を暗渠化して作ったようで、国道21号線バイパスは地下道を抜けて、総合センターに突き当たるまでまっすぐ続いています。
そして道沿を照らす街灯。うちの学生に聞くと「太鼓を叩いている中国人の女の子」というような答えが返ってくるのですが…。写真のような下からのアングルのでは、ちょっと服装が見えづらいですね。瑞穂市で太鼓というと「巣南富有太鼓」さんが有名なのですが、この娘の太鼓は“でんでん太鼓”的で、少しサイズが小さいような気がしますし…。
 先輩教員から伝え聞いた話によると、この街灯は“別府細工”の意匠を用いたものなのだそうです。そこで分からないのが“別府細工”。もちろん市図書館などで現物を見たことはあるのですが、「一時期流行したが現在はなくなってしまった鋳物の技術」ということしか知りません。「別府細工」で検索するとトップに出てくる県庁の情報では、おおよそ以下のような技術だとのことです。「松脂と蝋を練り合わせて原型を作り、それを砂に埋めて熱して抜き取って作った鋳物型に金属を流し込む。1個の原型から1個の作品しかできない」。蝋で原型を作ることから網目模様やねじれ、人や物の細かい表現が可能という芸術的な(主に燭台に使われた)技術です。
 街灯で別府細工的な部分は、女の子の下部の逆三角形編み目の部分と、明かり本体を支える、ねじれた部分ということになります。元が燭台を作る時の技法ということで、街灯に応用しやすい意匠だったのかもしれません。
 では、この道と街灯が作られた理由は何か。これも伝聞なのですが、2000年頃に「朝日大学の学生が駅から徒歩で通学しやすいように整備しよう」と、本学にとってありがたい意図から整備されたということのようです。ところが、駅から通学する学生はスクールバス利用が多く、現状はあまり積極的に利用されてはいないようです。
 街の歴史を映す美しい道路。日常生活の抜け道としての利用も有効活用のうちなのでしょうが、もう少し魅力を積極的に発信していくことを考えていきたいものです。本学のイベント等で活用できる方策はないものだろうか…。
(朝日大学大学院経営学研究科教授 畦地真太郎)
平成31年1月30日更新
撮影場所:朝日大学東側
自然居士の墓の前でポーズをとるかきりんの写真
ちょっと気になる瑞穂だね(5)美江寺と能楽2話
 写真は、瑞穂市の様々な観光パンフレットに掲載されている「自然居士(じねんこじ)の墓」です。
しかし読者の皆様方は、行かれたことはあるでしょうか?
実は、あまりご紹介したくありません。なぜなら、ここに到達するためには、民家と民家の間の狭い路地をすり抜けていかなければならないから…。私はお庭で飼われているワンちゃんに吠えられました。
 自然居士は能楽の演目「自然居士」(観阿弥・作)で有名な人物で、仏教を伝道する説教師だったそうです。筋書きを簡単に説明すると、説法を行っていた自然居士が、人買いに自分を売って両親を弔いにきた少女を、人買いの手から取り戻すというものです。能が有名であるところから実像が不明確である伝説像が大きくなり、なぜか兵庫県伊丹市にも墓があったりします。瑞穂市では、千躰寺に安置される千躰仏の作者ということになっています。
 さて、美江寺といって忘れてはならない能楽の話題のもう片方は、3月の「美江寺お蚕まつり」で引き回される「猩々」の山車です。なぜ猩々をお祀りするのかは分かっていないのですが、おめでたい動物であることと、赤は(特に天然痘の)魔除けであったことからではないかとも考えられます。ちなみに美江寺には口伝の「猩々ばやし」が伝わり、今も主に子供たちによって演奏されています。ちなみに美江寺のよさこいチーム「富有樂猩」も、この猩々にちなんで命名されたのではないかと思っていましたが、公式サイトによると“そうではない”とのことでした。
 能楽の「自然居士」も「猩々」も、舞台は瑞穂市内ではないにせよ、ゆかりがあり、おめでたい演目となっています。プロを招いて薪能(たきぎのう・・・夜間に行う野外能)の舞台を作ると1千万円かかってしまうのだそうですが、学生やサークルなどの力を借りて、なんとか美江寺で両演目を上演できないかと考える次第です。
 ちなみに中山道沿い(主に関ヶ原宿が中心)には「班女(はんじょ)」「隅田川(すみだがわ)」「花子(はなご)」という、大河ドラマ的演目もあります。往時の人と文化の流れが偲ばれ、このようなこともまた“地域のおたから”の1つなのではないかな、と考えています。
(朝日大学大学院経営学研究科教授 畦地真太郎)
平成31年1月23日更新
顕彰碑の前でポーズを決めるかきりんの写真
ちょっと気になる瑞穂だね(4)かきりん故郷に帰る
 総天然色映画のようなタイトルで始まりましたが、実在のデコとは一切関係ありません。
 先週に引き続き、居倉の話題です。元伊勢・伊久良河宮と推定されている居倉の天神社の向かい側には、皆様ご存じ「富有柿の原木」があります。写真撮影は11月24日で「ちょうどそろそろ収穫終わりかけ」というような時節でした。
 瑞穂市は富有柿発祥の地なのですが、残念ながら出荷量などでは本巣市・大野町に勝てない局面が続いています。まあ、自治体・農地面積を考えれば当然なのですが…。大野町には「パーシーちゃん」が存在しており、すっかり自分をかきりんに投影している身としては、絶対に対決に持ち込もうと(そして観光に結びつけようと)野望を抱いております。
 岐阜地域出身の学生さんに聞くと、必ずと言っていいほど「柿は子供の頃から食べ飽きたので嫌い」という返事が戻ってきます。一方で新参者にとって、柿の産地で生活するのは天国のようなところがあります。近所で大袋100円で売られているのが、あの高級品種、富有柿!ちなみに、これも学生にする話なのですが、東京日本橋の高級果物店では、富有柿1個2000円というような値段がつきます(ただし山梨・福岡産地の物を使っているようで悔しい)。身近に溢れていると価値に気づかないところ、多くの地域資源に似ていますね。
 瑞穂市内の生産者様たちも、座して手をこまねいているわけではありません。すでに商品化して定着してきているのが、瑞穂市柿振興会女性部の「柿りん」の柿ジャムです。市内イベントや“おんさい市場”などで販売されているので、口にされた方も多いのではないでしょうか?中に含まれるレモンまで瑞穂市内産とのことで、以前聞いたことのある「瑞穂市で作っていない作物はない」という言葉は本当なのだな、と思う次第です。ちなみに“パッションフルーツ入り”というのもあるのですが、それも市内で栽培している事業者様があります。 
 そして忘れてはいけない「ふゆーぱん」。なぜか私はグランプリ・レシピ決定の場にも参加していたのですが、広報みずほ2018年12月号でもお知らせがあったように、現在では瑞穂市内のパン屋さんで競うように販売されており、新しい名物として定着しつつあります。
 ちなみに世の中には「生柿より干し柿の方が好き」という人も多いようです。岐阜県内には不動のブランド“堂上蜂屋柿”があり(1粒8000円!?)、干し柿マニアの中には全国の有名干し柿をお取り寄せするような人たちもいます。さて、常識では干し柿は渋柿で作らないと干している間に腐ってしまい、富有柿のような甘柿では作れないことになっているのですが…。他自治体に持って行かれるといけないのでこの辺で留めておきます。富有柿発祥の地として、付加価値の高い、世界に誇れる柿(製品)を作っていけると良いですね。
(朝日大学大学院経営学研究科教授 畦地真太郎)
平成31年1月16日更新