マンポのようす
瑞穂市のマンボ探検(1)マンボって何?(朝日大学大学院経営学研究科 教授 畦地 真太郎 先生の連載です)
 瑞穂市PR動画で、すっかりお馴染みになった「マンポ」。でも、瑞穂市民の中でも「マンポって何?」と思っている人も多いのではないかと思います。私たち朝日大学経営学部・畦地研究室では、これから数回に渡ってこの写真ニュースで、学生たちが発掘してきた瑞穂市内のマンボの魅力を紹介していきたいと思います。
さて、ここまででも「マンボ」「マンポ」と標記が揺れており、その他にも「マンボウ」などと呼ぶ方もいらっしゃるようです。「そもそも方言なの?」「意味は?」「No.5なの??」などと感じる方も多いと思われますので、今回は語源も含めて全般的な解説をしたいと思います。なお、この連載では特に断りのない場合は「マンボ」で表記を統一します。
 瑞穂市内のマンボは、PR動画の解説にもあるとおり、東海道本線の高架の下を行き来するための通路のことを指しています。単純に「トンネル」と呼んでいるかたもいらっしゃるかもしれません。ただし、鉄道構造物としてのマンボには、次のような特徴があります。
 東海道本線が全線開通したころ(明治22年)ころ、蒸気機関車が列車を引いていました。特に静岡以西、神戸に至るまでの地域では天井川となっている場所が多く,当時の蒸気機関車の牽引力では一つ一つの堤防を上り下りすることが難しく(不可能ではないが石炭と水を大量消費し,運転・運行が困難)、平野部は堤防の高さを維持したまま高架でつなげることが不可欠でした。特に現在の瑞穂市に当たる部分では小河川が多いため(国道21号バイパスのアップダウンを考えていただくと分かりやすいと思います)、市内全区間を高架にするという処理が行われた、珍しい地域になっています。
現代の技術であれば(例えば岐阜駅近辺のような)鉄筋コンクリートによる高架になったのでしょうが、当時の技術では土盛りで高架を作るほかありませんでした。ところが東海道線が東西に地域内を横切っているため、基本的に北から南に流れる農業用水路を全て遮ってしまうことになってしまいます。そのため、土盛り高架にトンネルを掘って、農業用水を通すことになりました。これがマンボです。
 ということで、実はマンボには次のような共通の特徴があります。
1. 本質的には用水路のトンネルである。現在、道路・通路として使われているものも、基本的に用水路が併存している。
2. レンガ積みで補強してあるトンネルである。これは明治時代の技術がそのまま残っているからである。
 それでは肝心の問い、なぜそのようなトンネルのことをマンボと呼ぶのでしょうか?これについては次回、他地域のマンボも含めてご紹介したいと思います。(畦地真太郎)
(本連載では、共通して以下の書籍を参考文献としています。特に戸田清先生の著書からは強く影響を受けていることを明記すると共に感謝申し上げます)
『鉄道構造物探見』(小野田滋/JTBキャンブックス/2003年)
『関西鉄道遺産』(小野田滋/講談社ブルーバックス/2014年)
『細雪 全≫(谷崎潤一郎/中公文庫/1983年(底本:1948年))
『東海道線の発祥から郷土の鉄道を検証する』(戸田清/非売品/2006年)(瑞穂市図書館郷土資料コーナー所蔵)
平成30年6月4日更新