美江寺自治会長・矢野雅敏さんへのインタビューのようす
コミュニティへの誇り(5) 瑞穂市美江寺地区とその歴史
 畦地ゼミ2年生の佐藤譲士郎です。美江寺自治会長・矢野雅敏さんへのインタビューですが、あいにく私は部活動の練習日程が合わずに参加できませんでした。その代わり、以前に「みずほバス」の取材で行った、美江寺地区の簡単な歴史を紹介したいと思います。このコーナーでは過去に先輩方や先生が何度も話題にしていますが、おさらいとまとめです。
 美江寺地区の名前の由来は、現在は岐阜市内にある美江寺が位置していたことにあります。斎藤道三によって寺が移されてからはやや寂れてしまったようなのですが、江戸時代初期に中山道の「美江寺宿」が作られたことによって、再び栄えるようになりました。中山道に最後にできた小さな宿場だったとか、木曽街道六十九次の浮世絵で川沿いの田舎道しか描かれていないとか、地味だったという話もゼミで聞きました。ただ長良川の「河渡の渡し」と、皇女和宮ゆかりの小簾紅園がある揖斐川の「呂久の渡し」の間にあることから、なくてはならない宿場だったとも聞いています。
 現在は美江神社という大きな神社があり、地域のお祭りや集まりの中心地となっています。インタビューも、神社の境内にある公民館で行われたとのことですので、次回以降をご覧ください。どうしても“美江寺”という宿場や寺(神社)のイメージが大きいのですが、他にも十六条城や自然居士の墓などの旧跡があります。私はまだ行っていないのですが、先生は今の犀川の岸辺が、浮世絵の「美江寺宿」に似ていて気分が良いところだと言っていました。前回のバスの旅では町の端から端まで歩いたはずなのですが、まだまだ見どころがありそうです。
 美江寺では、今では大きなお祭りが年に3回あります。一番盛んなのは5月に行われる美江寺宿場まつりです。先ほど書いた神社を中心に、旧中山道を歩行者天国にしてステージや出店があるそうで、年々盛んになってきているそうです。3月にはお蚕まつりというものが開催されています。地元の養蚕業関係者が運営をしていましたが、養蚕業がなくなった現在では、歴史や文化を伝える祭りとして開かれています。猩々という人形を山車に乗せて練り歩くのが特徴だそうです。4月には犀川で桜まつりがあり、春の美江寺は祭りで盛りだくさんのようです。
 私は残念ながら土日は部活の練習や試合があり、なかなか地域のお祭りに遊びに行くことはできません。ただ、卒業までにはなんとか一度は体験してみたいなと思っています。
令和2年3月18日更新
(朝日大学経営学部2年 佐藤譲士郎)
撮影場所:美江寺公民館
撮影日:令和元年11月下旬