富岡観音堂を前にしたかきりんの写真
日本かきりんの旅(3) 福生寺富岡観音堂(会津美里町)その1
念願の福島県会津美里町にある富岡観音堂に行って参りました。
富岡観音は、瑞穂市の別府観音を勧請したとされる大口大領ゆかりの地です。以前にも写真ニュースでは別府観音について取り上げ、その中で「大口大領はどんな人物なのか調べたい」と書いたことがありました(http://www.city.mizuho.lg.jp/item/10358.htm)。ほぼ1年かかって、ようやく調べに行くことができたわけです。
ここでおさらいをすると、別府観音は谷汲山華厳寺の秘仏・十一面観音像と兄弟仏とされており、両者とも会津の大口大領により勧請されたと言われています。実際には別府観音、華厳寺、富岡観音ともに製作年代が異なり、本来の“兄弟”ではないのですが、3者ともにゆかりの伝説が残っているということになります。
別府の十一面観音菩薩像がいかに素晴らしいかについては、後の連載に譲るとして…今回は富岡観音さまについてです。
残念ながら拝観はかないませんでした。以上。
言い訳をすると、取材日の令和元年12月27日は(写真では分かりにくいのですが)あいにくの荒天で、雨はそれほどではないのですが風が強いという条件でした。旅先で買ったビニール傘か、かきりんが飛ばされるのが早いかという状況で、隙間から中を垣間見ることさえできませんでした。残念。それだけでは記事になりませんので、会津美里町図書館で風雨をしのぎながら文献調査してきました。
まず富岡観音さまは、別府観音、華厳寺観音が立像であるのに対し、座像です。像高は七尺五寸(285cm)とされ(別の文献によると223cm/228cm)、座っているにしてはかなり大きいお姿ということになります。ところが(実物は拝見していないのですが)「面長な面相、なで肩、像高に比して僅か30センチしかない膝高などには、ハッキリとバランスの崩れ、写実の甘さが出ている」(「ふくしまの仏像」テレビ福島編)と散々な言われようです。それでも会津美里町指定文化財になっています。
実は富岡観音はお堂の方が立派なようで、国指定重要文化財となっています。観音堂は室町時代に造営されたとか、鎌倉時代の建築の特徴が残っているなど、あまり由来がハッキリしていません。ただ会津三十三ヶ所巡礼地に指定されていたこともあり、「富岡にある福生寺」と“富”と“福”という字が重なることもあったため、藩政期には周辺の商人からの強い信仰を受け、栄えていたとのことです。
実は会津は天台宗の祖・最澄との法論で知られる僧・徳一が住んだところで、彼が彫った六体の観音菩薩像から、観音信仰が広まったという伝説があります。もともと仏教信仰の盛んな地域であったようなのですが、なぜ大口大領は美濃の地に仏像を置いていくことになったのでしょうか?そして富岡観音とのつながりは?と、引きのよいところで、以下次回です。
令和2年1月8日更新
(朝日大学大学院経営学研究科教授・畦地真太郎)
撮影場所:富岡観音堂(会津美里町)
撮影日:令和元年12月下旬